南海トラフ地震が発生した場合、最も甚大な被害を受けるとされている県は静岡県をはじめとする太平洋沿岸部の複数の府県です。政府の中央防災会議が2025年3月に公表した最新の被害想定(令和7年3月版)では、死者数は最大29万8,000人、経済被害は最大292兆円に上ると試算されており、対象地域は関東から九州にまたがります。
「どの県が一番危ないのか」という問いには単純な一言では答えられない面もありますが、死者数・津波高・震度分布という3つの指標を整理することで、自分の地域のリスクを具体的につかむことができます。
この記事では、2025年3月に政府が公表した最新被害想定をもとに、県別のリスクを分かりやすく整理します。「自分の県はどのくらい危険なのか」「何を準備すればよいのか」という問いに答えられる内容を、防災初心者の方にも読みやすい形でまとめています。
まず数字の大枠を把握し、次に自分の地域の状況を確認する、という順番で読み進めると行動に移しやすくなります。
2025年3月公表の最新被害想定から見えるもの
中央防災会議が2025年3月に公表した被害想定は、2023年から約2年かけて地形データの高精度化や能登半島地震のデータも加味して作成されたものです。前回2012年版からどう変わったか、まずその概要を押さえておくと各県のリスクがより明確になります。
死者29万8,000人という数字の意味
政府の南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループが2025年3月31日に公表した報告書によれば、最大死者数は29万8,000人とされています。このうち津波による死者が21万5,000人を占めており、全体の約7割が津波犠牲者です。
前回2012年の想定死者数は32万3,000人でした。12年以上にわたって防潮堤整備や建物耐震化などが進められましたが、減少幅は約8%にとどまりました。死亡者数を8割減らすという政府目標には大きく届いていない現状です。
直接死とは別に、避難生活中の体調悪化などによる「災害関連死」が最大5万2,000人と初めて試算されました。これは東日本大震災における関連死の13倍以上に相当する数字です。
深さ30センチ以上の浸水エリアが3割増加
今回の想定では地形データの高精度化が反映された結果、深さ30センチ以上の浸水予測エリアが前回に比べて約3割増えました。これは防潮堤の整備効果を上回る形で、より精密な地形解析が浸水リスクを押し上げたことを意味します。
浸水深が30センチを超えると車の走行が困難になり、歩行者も転倒リスクが高まります。沿岸部にお住まいの方は、最新のハザードマップポータルサイト(国土交通省・国土地理院)で自分の地域の浸水想定を確認しておくとよいでしょう。
また避難者数は前回の950万人から1,230万人(地震発生1週間後)に増加しました。これは全人口の約1割に相当し、広域にわたる避難体制の構築が課題となっています。
2025年版と2012年版の主な変更点
| 項目 | 2012年版(旧想定) | 2025年版(最新想定) |
|---|---|---|
| 最大死者数 | 32万3,000人 | 29万8,000人 |
| 津波による死者 | 約22万人 | 21万5,000人 |
| 浸水エリア(30cm以上) | 基準値 | 前回比約3割増 |
| 避難者数(1週間後) | 950万人 | 1,230万人 |
| 経済被害 | 214兆円 | 292兆円 |
| 災害関連死 | 推計なし | 最大5万2,000人 |
- 死者の7割以上を津波が占めるため、沿岸部での迅速な避難が最大の対策になる
- 浸水エリアが前回より拡大しており、過去のハザードマップだけで判断しない
- 関連死も含めると実質的な犠牲者はさらに増える可能性がある
- 経済被害は名目GDPの約半分に匹敵し、社会全体への影響が長期化する
死者数で見る都府県別ランキング
2025年3月の被害想定では、被害が最大になるケースとして「風速8メートルの冬の深夜に東海地方の被害が大きくなる形でM9級地震が発生する」シナリオが設定されています。このシナリオにおける都府県別の想定死者数が公表されており、どの地域のリスクが特に高いかを具体的に把握する手がかりとなっています。
静岡県:最多の死者10万1,000人
最大ケースで死者10万1,000人とされた静岡県は、都府県別で最多の被害想定となっています。駿河湾が震源域に近接しており、津波の到達が非常に速い地点が多いことが主な要因です。
気象庁の資料によれば、静岡市や和歌山県串本町などでは1メートル以上の津波が最短2分で到達するとされています。2分という時間は建物の外に出て安全な場所に移動するのに十分な余裕があるとは言いにくく、揺れが収まる前から避難行動を開始する必要性が特に高い地域です。
静岡県は東海道・山陽新幹線や東名高速道路の主要幹線が集中しており、地震後の長期不通が経済・物流に与える打撃も大きいとされています。
宮崎県・三重県・高知県のリスク
最大ケースでは宮崎県が約3万3,000人、三重県が約2万9,000人の死者想定となっています。高知県については個別の死者数の公表数値は異なる試算によっていますが、津波高の面で国内最大級のリスクを抱える地域として位置づけられています。
気象庁の最新被害想定によれば、高知県の黒潮町と土佐清水市では最大34メートルの津波高が想定されています。34メートルは10階建てビルを上回る高さに相当し、国内で想定される最大級の数値です。高知県では2025年8月の時点で南海トラフ地震臨時情報「巨大地震警戒」が発表された場合の事前避難対象者が全国で最多の約9万2,100人とされています。
三重県は熊野灘に面した地域で津波の影響を強く受け、和歌山県では最短2分程度で津波が到達する地点があるとされています。太平洋に突き出た地形を持つ地域ほど津波の到達が早く、垂直避難先の確保が特に重要です。
震度7が想定される10県149市町村
2025年版の被害想定では、震度7の揺れが静岡県から宮崎県にかけての10県149市町村で想定されています。震度6弱以上の範囲は神奈川県から鹿児島県までの24府県600市町村に及びます。
震度7は、耐震基準を満たしていない建物の多くで倒壊が生じるレベルです。各都府県の推進地域の指定状況や耐震基準の適合状況については、内閣府防災情報のページおよび各自治体の防災窓口でご確認ください。
1位:静岡県 約10万1,000人
2位:宮崎県 約3万3,000人
3位:三重県 約2万9,000人
※津波高の最大値は高知県(黒潮町・土佐清水市で最大34メートル)
- 静岡県は震源域への近さと津波到達の速さが死者数を押し上げている
- 高知県は津波高が国内最大級で、事前避難対象者も全国最多の規模
- 宮崎・三重・和歌山なども死者数・津波速度の面で高リスクに位置する
- 震度7の範囲は1県ではなく10県149市町村に及ぶ広域災害である
津波到達時間と避難の猶予

南海トラフ地震で命を守るうえで、津波の到達速度は避難の成否を左右する最重要の要素です。地域によっては揺れが収まる前に津波が到達するケースも想定されており、「揺れたらすぐ逃げる」という原則を自分の地域に当てはめて理解しておくことが不可欠です。
最短2分で到達する地域が存在する
気象庁の資料によれば、静岡市や和歌山県串本町などでは地震発生から1メートル以上の津波が最短2分で到達すると想定されています。2分は、建物の外に出て高台まで移動するには非常に短い時間です。
こうした地域では、平常時から避難ルートを歩いて確認し、夜間・雨天・高齢者がいる状況でも迷わずに動ける体制を整えておく必要があります。避難場所の場所だけでなく、「何分で到達できるか」を実際に測ることが大切です。
避難率が上がれば死者を大幅に減らせる
2025年版の被害想定では、津波による死者21万5,000人はすぐ避難できる人の割合を20%と設定して推計しています。この割合が70%になれば、犠牲者は9万4,000人に減らせると試算されています。
この差は約12万人です。建物の耐震化や防潮堤整備という大規模対策と同等かそれ以上の効果が、個人の避難行動から生まれることをこの数字は示しています。「自分が逃げる」という意識と具体的な行動計画が、最も有効な防災対策の一つです。
垂直避難と水平避難の使い分け
海岸線から離れた高台への「水平避難」が基本ですが、到達時間が極めて短い地域では高台まで移動が困難な場合があります。そのような場合には、津波避難ビルや自宅の上階への「垂直避難」が有効な選択肢となります。
津波避難ビルの指定状況は各自治体が公表しています。自分の自宅・職場・学校の近くに指定ビルがあるかどうかは、各自治体の防災マップまたは内閣府のハザードマップポータルサイトで確認できます。津波避難ビルの指定基準や利用可能な時間帯についても、自治体の防災窓口に問い合わせておくとよいでしょう。
避難率20%:最大21万5,000人
避難率70%:約9万4,000人
→避難率を上げることで12万人以上の命を守れる可能性がある
- 最短2分で津波が到達する地域では「揺れたらすぐ逃げる」が唯一の対策になる
- 避難率70%が実現すれば死者数は約9万4,000人に抑えられると試算されている
- 垂直避難の選択肢として津波避難ビルの場所を事前に確認しておく
- 避難ルートの所要時間は夜間・雨天などを想定して実際に歩いて確認するとよい
南海トラフ地震防災対策推進地域と臨時情報の仕組み
南海トラフ地震に関しては、特別な法律と情報発信の仕組みが設けられています。自分の住む自治体が「推進地域」に指定されているかどうか、また「臨時情報」が出たときに何をすべきかを知っておくことが、実際の備えにつながります。
南海トラフ地震防災対策推進地域とは
「南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」に基づき、著しい地震災害が生じるおそれがある地域が「南海トラフ地震防災対策推進地域」として指定されています。気象庁の最新情報によれば、この推進地域は関係する都府県・市町村が指定されており、国・地方公共団体・関係事業者が連携して耐震化やハザードマップ整備などの防災対策を推進することが定められています。
推進地域に指定された自治体は、地域防災計画の充実や避難訓練の実施など、より踏み込んだ防災対策が求められます。自分の自治体が推進地域に含まれているかは、内閣府防災情報のページまたは各自治体の防災担当窓口で確認できます。
臨時情報が発表されたときの行動
気象庁は、南海トラフ地震の想定震源域でM6.8以上の地震が発生した場合や、「ゆっくりすべり」が観測された場合などに「南海トラフ地震臨時情報」を発表します。2024年8月には宮崎県沖のM7.1の地震を受けて初めて「巨大地震注意」の臨時情報が発表され、1週間にわたって備えの再確認が呼びかけられました。
臨時情報には「巨大地震警戒」「巨大地震注意」「調査中」の3種類があります。「巨大地震警戒」が発表された場合は、事前避難対象地域の住民に避難が呼びかけられます。対象地域・避難の要否については気象庁および各自治体の最新情報を必ず確認するようにしてください。
臨時情報が出る前に備えておくべきこと
政府地震調査委員会の資料によれば、南海トラフ巨大地震は何の前触れもなく突然発生する可能性が高いとされています。臨時情報は巨大地震の前に必ず発表されるわけではなく、発表なしに本震が来るケースも十分にあり得ます。
そのため、臨時情報が出てから備えるのではなく、日常的な備蓄・避難計画・家族との連絡方法の確認を平常時に済ませておくことが重要です。3日〜7日分の水・食料・生活必需品の備蓄、家族の安否確認手段の確認、ハザードマップの把握という3点は、今日から始められる具体的な準備です。
「調査中」:地震発生後に調査開始
「巨大地震注意」:通常より高まった可能性あり、備えの再確認
「巨大地震警戒」:特に高まった可能性あり、事前避難対象地域は避難
- 臨時情報は必ずしも本震の前に発表されるとは限らない
- 推進地域の指定状況は内閣府防災情報のページで確認できる
- 巨大地震警戒が発表された場合の事前避難対象者は全国で52万人超
- 日常的な備蓄と避難計画は臨時情報の有無にかかわらず整えておく
自分の地域のリスクを正確に知る方法
南海トラフ地震のリスクは「危ない県」という大まかな分類だけでは判断が難しく、同じ県内でも地形・標高・距離によって被害想定は大きく異なります。自分の住む場所・職場・学校のリスクをピンポイントで把握するためには、公式の情報源を活用することが大切です。
ハザードマップポータルサイトの使い方
国土交通省・国土地理院が運営するハザードマップポータルサイト(https://disaportal.gsi.go.jp/)では、自分の住所を入力するだけで津波浸水想定・土砂災害警戒区域・液状化危険度などを地図上で確認できます。全国の市区町村が整備したハザードマップが集約されており、無料で利用できます。
確認すべき主な項目は「津波浸水想定」「震度分布図」「土砂災害警戒区域」の3つです。特に津波浸水想定は2025年版の被害想定を反映して更新される場合があるため、最新版かどうかをサイト上で確認するとよいでしょう。古いバージョンのハザードマップが手元にある場合は、必ず最新版と照合してください。
自治体の個別ハザードマップとの組み合わせ
国のポータルサイトに加えて、各自治体が作成する個別のハザードマップも確認する価値があります。自治体版には、避難場所・避難経路・備蓄倉庫の位置など、地域密着の情報が追加されているケースがあります。
自治体のハザードマップは市区町村の防災担当窓口または公式ウェブサイトで入手できます。紙版は自治体窓口で無料配布されていることが多く、停電時にも参照できるため1部手元に置いておくと安心です。
ミニQ&A:よくある疑問
Q. 内陸部に住んでいれば津波の心配はないですか?
津波の直接的な影響は沿岸部が中心ですが、内陸部でも震度6強以上の揺れによる建物倒壊・火災・インフラ停止のリスクがあります。長野県・岐阜県・滋賀県などは津波の影響は受けにくいとされていますが、揺れへの備えは必要です。
Q. 南海トラフ地震が来る前に必ずM7級の地震が起きるのですか?
気象庁の見解では、巨大地震の前に必ず前震や臨時情報が発表されるわけではないとされています。突然の本震に備えることが基本の考え方です。最新情報は気象庁の南海トラフ地震関連ページでご確認ください。
- ハザードマップポータルサイトで自分の住所の浸水想定・震度を確認する
- 各自治体の最新ハザードマップと照合し、避難場所・避難ルートを把握する
- 紙版ハザードマップを1部手元に置いておくと停電時にも役立つ
- 最新情報は内閣府防災情報のページおよび気象庁の公式サイトで随時確認する
まとめ
南海トラフ地震で最も死者数が多く想定されているのは静岡県(最大ケースで約10万1,000人)であり、高知県は国内最大級の津波高34メートルが想定されている地域です。宮崎県・三重県・和歌山県なども高リスクに位置し、震度7の範囲は10県149市町村に及ぶ広域災害です。
まず取り組めることは、ハザードマップポータルサイト(国土交通省・国土地理院)で自分の住所の浸水想定と震度分布を確認し、避難場所と避難ルートを家族で共有することです。最短2分で津波が到達する地域もあるため、「揺れたらすぐ逃げる」行動を平常時から練習しておくことが命を守る最も直接的な行動になります。
被害の規模は大きくても、避難率が70%に上がれば死者を大幅に減らせるという試算は、個人の備えが確実に意味を持つことを示しています。自分の地域のリスクを知り、今日から具体的な準備を一つ始めてみてください。
本記事の内容は、公的機関・メーカー公式情報などの一次情報をもとに整理したものです。実際の避難行動・食品の安全判断・機器の使用可否については、各自治体や公的機関の最新情報を必ずご確認ください。

