高齢者が災害時に安全に避難するには、一般的な防災リュックに加えて、体の状態や生活習慣に合わせた持ち物の準備が必要です。薬が切れた、入れ歯を忘れた、荷物が重くて持ち出せなかった――こうした事態は、事前の備えで多くを防ぐことができます。
この記事では、高齢者の避難時に必要な持ち物を「全員が準備するもの」と「高齢者ならではの追加品」に分けて整理しています。警戒レベル3「高齢者等避難」が発令されるタイミングの考え方や、荷物を軽くするための工夫、非常食の選び方まで、具体的に確認していきます。
家族の中に体を動かしにくい方や持病のある方がいる場合も、この記事を参考にしながら、ご自身の状況に合った準備リストを整えてみてください。
高齢者が避難するときに必要な持ち物の全体像
避難時の持ち物は「全員に共通するもの」と「高齢者に特有のもの」の2層に分けて考えるとシンプルに整理できます。まず全体の構造を把握しておくと、準備を始めやすくなります。
全員が準備する基本の持ち出しアイテム
避難リュックの基本品目は、水、非常食、懐中電灯、予備電池、携帯ラジオ、救急用品、現金(小銭含む)、身分証や保険証のコピー、簡易トイレ、タオル・軍手・レインコートなどです。
飲料水は1人1日3リットルが目安です。持ち出し袋には最低1〜2日分を入れておき、自宅には3日分以上(大規模災害時は7日分以上が望ましいとされています)を備蓄しておくとよいでしょう。現金は電子決済が使えないケースに備え、千円札や100円玉などの小銭を含めて用意しておくと安心です。
これらは家族全員で人数分を用意するのが基本です。リュックの中身を詰める際は、すぐに取り出すものを手前・上部に配置し、ファスナー付き袋で分類しておくと避難時の混乱を減らせます。
高齢者に特有の持ち物4つのカテゴリ
高齢者の場合、上記の基本品目に加えて「薬とお薬手帳」「入れ歯と洗浄剤」「介護用品」「大人用おむつ・排泄用品」という4つのカテゴリが追加で必要になります。
これらは市販の防災セットに含まれていないことがほとんどです。特に薬は不足すると健康への影響が大きいため、後述の章で詳しく整理します。なお、杖を日常的に使用している場合は折りたたみ式の携帯用を別途準備しておくと、避難中の移動を助けます。
介護用品については、使い慣れていないものは避難生活での対応が難しくなる場合があります。普段から実際に使っているものを多めにストックする習慣をつけておくと、いざというときに備えがそのまま使えます。
特有の4カテゴリ:薬・お薬手帳 / 入れ歯・洗浄剤 / 介護用品 / 排泄用品
市販の防災セットには含まれていないことが多いため、別途準備が必要
避難先での生活を支えるプラスアルファの備え
基本品目と高齢者特有の品目を揃えた後、余裕があれば準備しておきたいものとして「老眼鏡の予備」「補聴器の電池」「ウェットシート・歯磨きシート」「防寒シートやカイロ」「小さめのメモ帳と油性ペン」があります。
老眼鏡は普段からかけている方でも、予備があると避難生活での情報収集がスムーズです。補聴器を使用している場合は、電池の消耗が速い機種もあるため、交換用電池を複数セット用意しておきましょう。
断水が続くと歯磨きが難しくなります。歯磨きシートや口腔ケア用のウェットシートがあると、感染症予防や食後のケアに役立ちます。
- 飲料水は1人1日3リットルが目安。持ち出し袋には1〜2日分を入れておく
- 現金は小銭(100円・500円玉)を含めて準備する
- 高齢者特有の4カテゴリ(薬・入れ歯・介護用品・排泄用品)は別途追加が必要
- 老眼鏡の予備・補聴器の電池など個人の生活状況に合った品目もリストに加える
- 使い慣れた介護用品を普段から多めにストックしておくと備えがそのまま使える
薬・お薬手帳の準備が避難時の命綱になる
持病のある方にとって、薬の確保は避難時の最優先事項の一つです。災害時は医療機関や薬局が使えない状況が続くことがあり、必要な薬を入手できないケースが実際に起きています。
防災リュックに入れておく薬の量と保管方法
避難リュックには、持病の薬を最低3日分〜7日分程度入れておくことがすすめられています。かかりつけ医に事情を伝えると、多めに処方してもらえる場合があります。具体的な処方量については、主治医や薬局に相談するとよいでしょう。
薬は湿気や高温に弱いものが多いため、ジッパー付きの袋に入れて密封し、防災リュックの取り出しやすい位置に収納します。また、定期的に使用期限を確認して古くなったものは更新しておくことが大切です。
薬だけでなく、健康保険証のコピーも一緒に保管しておくと、避難先での受診がスムーズになります。原本を持ち出せない状況に備えて、事前にコピーを取っておくことをおすすめします。
お薬手帳の活用と写真での記録
お薬手帳は、避難先での医療機関受診や薬の処方に欠かせない情報源です。現在使用中のお薬手帳は普段から持ち歩き、防災リュックには古いお薬手帳か薬情報のコピーを入れておくのが実用的です。
スマートフォンに薬情報やお薬手帳の写真を撮っておく方法も有効です。処方内容・薬の名前・服用量が確認できる状態であれば、災害時に処方してもらいやすくなります。ただし、スマートフォンが使えない状況に備えて、紙のコピーも合わせて用意しておくと安心です。
お薬手帳は薬剤師法に基づき、薬局での情報提供の一環として活用されています。詳細な活用方法や記録の仕方は、かかりつけ薬局に相談するとよいでしょう。
薬の管理で気をつけたい注意点
一部の薬は冷蔵保管が必要なものがあります。インスリンなど冷蔵が必要な薬を使用している場合は、保冷バッグや保冷剤と一緒に持ち出す手順を事前に確認しておきましょう。停電時の保管方法についても、かかりつけ医に相談しておくと備えになります。
また、薬の名前や成分が分からない状態では、別の医療機関での処方が難しくなることがあります。薬の情報は「何のための薬か」「1日何回服用するか」が分かるようにまとめておくと、避難先で医師や薬剤師に伝えやすくなります。
避難が長引いた場合、薬が底をつく前に近隣の薬局や医療救護所に早めに相談することが大切です。薬の残量を定期的に確認し、少なくなる前に補充する習慣をつけておきましょう。
| 薬の種類 | 準備のポイント |
|---|---|
| 内服薬(錠剤・カプセル) | 3〜7日分をジッパー袋に密封して保管。期限を定期確認 |
| 冷蔵保管が必要な薬(インスリン等) | 保冷バッグ・保冷剤とセットで持ち出す手順を確認しておく |
| 貼り薬・目薬 | 予備を少量リュックに追加。直射日光を避けて保管 |
| お薬手帳・コピー | 現物は携帯用バッグへ。コピーまたは写真をリュックに保管 |
- 持病の薬は最低3日分〜7日分を防災リュックに入れておく
- 多めに処方してもらえるかどうかは、かかりつけ医に相談する
- お薬手帳のコピーまたは写真をスマートフォンと紙の両方で保管する
- 冷蔵保管が必要な薬は保冷バッグとセットで持ち出す手順を確認しておく
- 薬の残量を定期確認し、少なくなる前に補充する習慣をつける
避難リュックの重さと選び方を高齢者向けに整理する
高齢者の避難リュックで最も重要なのは「持ち出せる重さかどうか」です。どれほど必要なものを詰めても、持ち出せなければ意味がありません。体の状況に合わせた選び方を整理します。
高齢者に適したリュックの重さと容量の目安
一般的に防災リュックの目安重量は、体重の2割程度とされています。ただし、この数値は参考にとどめ、実際に背負って「この重さなら歩ける」と確認できる重さを上限と考えるのが実用的です。最低限の品目だけ入れて、実際に自宅周辺を数分歩いてみることをすすめます。
容量については、一般的に男性は40リットル前後、女性は20〜30リットルが目安として示されることが多いですが、高齢者の場合は無理に大きな容量を目指すより、中身を絞って軽くする方が現実的です。リュック自体が重すぎる素材でないかも確認しておくとよいでしょう。
リュックは防水加工・反射材付きのものを選ぶと、雨天時や夜間避難でも安心です。肩ベルトが細すぎると長時間の移動で痛みが出やすいため、幅のあるパッド付きのものを選ぶと負担を軽減できます。
キャスター付きリュックの活用
荷物を背負って歩くのが難しい場合は、キャスター(車輪)付きのリュックやキャリーカートが選択肢になります。舗装された道路ではキャスターを転がして移動でき、体への負担を大きく減らせます。
ただし、段差・砂利道・水が溜まった道では転がしにくくなるため、必要に応じて背負える構造になっているタイプを選ぶとよいでしょう。キャスター付きのものは背負い式だけのリュックより重くなる傾向があるため、中身の重さと合わせてトータルの重量を確認します。
また、杖を使用している方は両手が使えない状態になりやすいため、斜めがけができるショルダーバッグを一つ追加して、薬や貴重品などの最低限の品目だけを入れておく方法も有効です。
リュックの置き場所と定期見直しの習慣
防災リュックは玄関の近く(出口に近い棚や物入れ)か寝室に置いておくのが基本です。就寝中に災害が起きたとき、枕元にすぐ持ち出せる最小限の袋(スマートフォン・薬・懐中電灯など)を置いておくと、玄関まで行って防災リュックに合流できます。
リュックの中身は年に1〜2回を目安に見直します。9月1日の防災の日を見直し日に設定している方が多く、季節ごとに変わる衣類や、賞味期限が近づいた食品・飲料水の確認に合わせて行うとスムーズです。薬の期限や補充も同じタイミングで確認するとよいでしょう。
家族で防災リュックの場所と中身を共有しておくことも大切です。「どこにある」「何が入っている」を家族全員が把握していると、いざというときに互いにサポートしやすくなります。
- 重さは体重の2割程度を目安に、実際に背負って歩いて確認する
- 背負いが難しい場合はキャスター付きリュックやキャリーカートを検討する
- 置き場所は玄関近くか寝室に固定し、家族全員が場所を把握しておく
- 枕元には薬・懐中電灯・スマートフォンなど最小限のセットを別置きする
- 年1〜2回、防災の日などを目安に中身の見直しと期限確認を行う
高齢者が避難するタイミングと避難先の備え
持ち物が整っていても、避難するタイミングが遅れると意味を持ちません。公式の避難情報の仕組みを知っておくと、判断の遅れを減らすことができます。
警戒レベル3「高齢者等避難」が出たら動く
日本では災害時の行動基準として、5段階の「警戒レベル」が設けられています(「避難情報に関するガイドライン」内閣府、令和3年改定)。このうち警戒レベル3は「高齢者等避難」という名称で、避難に時間がかかる高齢者・障害のある方・その支援者などに対して危険な場所からの避難が求められる段階です。
一般の方は警戒レベル4「避難指示」で全員避難となりますが、高齢者はこれより一段早い警戒レベル3の時点で動き始めることが望まれています。これは、避難の準備や移動に時間がかかるためです。警戒レベル3が発令されてから準備を始めるのではなく、天気予報で大雨が予想されている段階で早めに準備を整えておくとよいでしょう。
警戒レベルの発令情報はテレビ・ラジオ・市区町村のホームページやアプリなどで確認できます。自治体によってはメール配信サービスや防災無線なども活用しているため、居住する自治体の情報受信手段を事前に確認しておくことをすすめます。
避難先の種類と選び方
避難先には、自治体が指定した「指定緊急避難場所」「指定避難所」のほか、安全な親族・知人宅、ホテル・旅館などへの分散避難も選択肢に含まれています(内閣府の避難行動判定フローより)。避難所は体育館などで大勢と共同生活になるケースが多く、体に負担がかかる場合があります。
事前に、自宅から歩いていける範囲の避難所を2〜3か所確認しておきましょう。ハザードマップポータルサイト(国土交通省・国土地理院)でも自宅周辺の指定緊急避難場所が確認できます。持病や身体状況によっては、早めに自治体の福祉避難所について問い合わせておくことも一つの方法です。
在宅避難(自宅にとどまる)が選択できるかどうかは、自宅のある場所のハザード(洪水浸水想定区域・土砂災害警戒区域などに含まれるか)によって異なります。ハザードマップで自宅の位置を確認しておくと、避難先を決める根拠が明確になります。
避難所でできる体調管理の基本
避難所での生活は体への負担が大きくなりやすい環境です。水分補給を控えてしまうと、脱水・熱中症・血栓などのリスクが高まります。トイレに行きにくいからといって水分や食事を減らすことは、健康への深刻な影響につながるため注意が必要です。
避難所では同じ姿勢で長時間過ごすことが多く、エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症)のリスクが高まるとされています。こまめな水分補給と、足首を動かすなどの軽いストレッチを意識することが予防につながります。詳しい予防法は厚生労働省や各自治体が公開している資料でも確認できます。
薬は避難所の生活が続く中でも決められた時間に服用することが大切です。服用のタイミングや食事との関係が分からない場合は、避難所に設置される医療救護班や近隣の調剤薬局に相談しましょう。
一般の方のレベル4「避難指示」より一段早く行動することが求められています。
発令を待ってから準備を始めるのではなく、天気予報で大雨が予想されたときから備えを整えておきましょう。
- 高齢者は警戒レベル3「高齢者等避難」が発令された時点で避難を始める
- 自治体の情報発信手段(メール配信・防災無線等)を事前に登録・確認しておく
- 避難所を2〜3か所事前に確認し、ハザードマップで自宅の安全性も把握しておく
- 避難所では水分補給を控えず、足首の軽いストレッチなど体を動かす習慣をつける
- 薬の服用タイミングが分からなくなった場合は医療救護班や薬局に早めに相談する
高齢者に合った非常食の選び方と家庭での備蓄
避難時の食事は、体への負担が少なく、できるだけ食べ慣れたものに近い内容にできると、避難生活のストレスを軽減できます。高齢者向けの非常食選びと、自宅での備蓄の考え方を整理します。
高齢者が食べやすい非常食の条件
高齢者向けの非常食を選ぶ際は、やわらかくて噛みやすいこと、水またはお湯だけで食べられること、消化への負担が少ないことの3点を目安にするとよいでしょう。おかゆのレトルト食品、やわらかく仕上がるアルファ化米(お湯や水を注いで戻す米)、スープ系のレトルト食品などが選択肢に入ります。
栄養補助ゼリー(エネルギー・たんぱく質・ビタミンを補えるタイプ)は、食欲が落ちているときでも摂取しやすく、水分補給も兼ねられるため、防災リュックに数個入れておくと役立ちます。フルーツ缶詰は食べやすく、不足しがちなビタミン補給にもなります。
入れ歯を使用している場合、硬いクラッカーや乾パンは食べにくいことがあります。また、塩分が多い食品は持病(高血圧・腎疾患など)への影響が出る可能性があるため、日頃の食事制限を踏まえて選ぶことが大切です。食事制限がある場合は、かかりつけ医や管理栄養士に相談しておくと備えになります。
ローリングストックで非常食を無駄なく維持する
「ローリングストック法」とは、普段から少し多めに食品を購入し、賞味期限が近いものから使って食べた分を買い足すことで、常に一定量の備蓄を維持する方法です。内閣府も家庭備蓄の方法として紹介しています。
この方法のメリットは、「気づいたら期限切れ」という無駄を防ぎながら、食べ慣れた食品が備蓄として維持できる点です。普段から食べているレトルト食品や缶詰を2〜3個多めに買っておき、古いものから使って補充するだけで実践できます。
備蓄の目安は、農林水産省の資料では最低3日分〜1週間分×人数分の食品が望ましいとされています。大規模災害を想定する場合は1週間分以上を目標にするとよいでしょう。まず3日分から始めて、徐々に増やしていくアプローチが続けやすいでしょう。
高齢者向け非常食と水の備蓄量の目安
飲料水は1人1日3リットルが目安とされています(飲用・調理用を含む)。ペットボトルの2リットル入りを1人1日1.5本程度と換算すると、7日分では10本以上が必要になります。収納スペースとの兼ね合いで無理のない量から始め、ケース買いで少しずつ増やす方法も現実的です。
高齢者は暑さへの感覚が鈍くなりやすく、知らない間に脱水になるリスクがあります。水の備蓄は多すぎるということはなく、余ったとしても普段の生活で使い切れるものです。ペットボトルの備蓄と並行して、給水タンク(折りたたみ式)を一つ用意しておくと、断水時の給水所からの運搬に役立ちます。
非常食の保管場所は、高温・多湿を避け、取り出しやすい場所を選びます。床下収納・押し入れ・キッチンの引き出し下など、日常的に目に入る場所に置いておくと賞味期限の管理がしやすくなります。
| 食品カテゴリ | 高齢者向けのポイント | 備蓄の例 |
|---|---|---|
| 主食 | やわらかく戻るアルファ化米・おかゆが食べやすい | アルファ化米、レトルトおかゆ |
| おかず | 塩分控えめ・やわらかい食感のものを選ぶ | 魚の缶詰、やわらかいレトルトおかず |
| 補助食品 | 食欲低下時も摂れる・水分補給を兼ねられる | 栄養補助ゼリー、フルーツ缶詰 |
| 飲料水 | 1人1日3リットルを目安に、多めに確保する | 2Lペットボトル+折りたたみ給水タンク |
- 高齢者向けの非常食はやわらかさ・消化への負担・水分量を基準に選ぶ
- 食事制限がある場合は、かかりつけ医や管理栄養士に相談しておく
- ローリングストック法で食べ慣れた食品を無駄なく維持する
- 水は1人1日3リットルを目安に、最低3日分〜7日分以上を目標に備蓄する
- 栄養補助ゼリーや缶詰フルーツは食欲低下時の備えとして有効
まとめ
高齢者の避難に必要な持ち物は、全員共通の基本品目に「薬・お薬手帳」「入れ歯・洗浄剤」「介護用品」「排泄用品」を加えた構成が基本です。荷物を軽くするための工夫、警戒レベル3「高齢者等避難」でのタイミング、体に合った非常食の選び方まで、一つひとつ準備を積み重ねることが安心な避難につながります。
まず今日できることとして、現在の防災リュックに「薬3日分と健康保険証のコピー」を入れることから始めてみてください。すでに準備中の方は、薬の期限と飲料水の残量を確認するだけでも備えを一歩前に進められます。
大切なのは、完璧な準備を目指して止まることよりも、できる範囲から少しずつ整えていくことです。ご自身やご家族のペースで、今の生活に合った備えを一緒に確認していきましょう。


